自筆証書遺言と公正証書遺言のどちらを選ぶ?
遺言の種類として、手書きで書く自筆証書遺言と、公証人に作成してもらう公正証書遺言の二つが一般的です。どちらがいいのかよくわからない人に向けて、自筆証書遺言と公正証書遺言の違いについて、弁護士が解説します。2020年7月から開始された自筆証書遺言の保管制度によって、自筆証書遺言も使い勝手がよくなっているので、その点も踏まえて、解説します。
障害者の親が遺言を残さないと生じる問題
子どもが知的障害者や精神障害者の場合、親が遺言書を残さずに亡くなった場合、その子どもの判断能力に問題があると、次のような面倒なことが起きることがあり得ます。
- 障害者が遺産分割の話し合いができないため、障害者本人のために成年後見制度の利用が余儀なくされる
- 障害者が不動産の売却や預貯金の解約の手続きができないために、同じく成年後見制度を利用せざるを得なくなる
- 障害者に対する、その兄弟姉妹(きょうだい児)の考え方やスタンスによっては、遺産分割の話し合いがまとまらず、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てなければならなくなる
このような事態は、障害者の親が遺言書を残していれば、回避することができます。障害者が親亡き後の生活にスムーズに移るためには、遺言書を残すことが望ましいです。
自筆証書と公正証書のどちらを選ぶ?
遺言書を作る場合、次の2つのどちらかが選ばれるのが一般的です。
- 手書きの遺言書(自筆証書遺言)
- 公証人が作成する遺言書(公正証書遺言)
では、障害者の親が遺言書を作る場合、どちらを選べはいいでしょうか?私の意見としては、次のとおりです。
- 不慮の死という万が一に備えた遺言書で、将来的に書き直す可能性がある場合は自筆証書遺言
- 障害者の親が高齢であるなど遺言書を書き直す可能性がない場合は公正証書遺言
自筆証書遺言と公正証書遺言の違いを踏まえて、その理由を説明します。
以前は公正証書遺言の方がお勧め
自筆証書遺言と公正証書遺言のどちらがいいかについて、今まではそのメリットの多さから公正証書遺言が一般的に勧められていました。私もそのような相談を受けた場合には、公正証書遺言をお勧めしていました。
自筆証書遺言の保管制度の開始
しかし、2020年(令和2年)7月から開始された自筆証書遺言を法務局に保管できる制度によって、自筆証書遺言のデメリットが減ることで、相対的に公正証書遺言のメリットが減りました。例えば、次のとおりです。
- 自筆証書遺言も紛失や偽造の心配がなくなった
- 自筆証書遺言の必須の検認手続きが不要になった
公正証書遺言のメリット
もっとも、公正証書遺言のメリットが減っただけで、なくなったわけではありません。公正証書遺言を作成する公証人の全国組織である「日本公証人連合会」は、そのWEBサイトで、自筆証書遺言の保管制度を利用した場合と比較して、公正証書遺言のメリットとして、次の4つを挙げています。
- 自書の必要性の有無
- 高度な証明力の有無
- 出張の有無
- 遺言書の写しの入手方法
これらの4つのメリットについて、簡単に説明します。まず、公正証書遺言は、印刷されたものに署名押印するだけなので、手書きが困難だったり、面倒だったりする人にとってはメリットになります。
次に、自筆証書遺言は、内容が法的に有効かどうかは法務局では判断しないのに対して、公正証書遺言は公証人がチェックするので、自筆証書遺言よりは安心です。ただ、公正証書遺言だから、法的な有効性で争いにならないというわけではないので、過信は禁物です。
そして、自筆証書遺言を保管するためには、お住まいの近く法務局に出向く必要があります。他方、公正証書遺言の場合、別途費用を支払えば公証人が出張してくれるので、移動が困難な人にとってはメリットとなります。
最後に、自筆証書遺言を法務局に保管する際、相続手続きにそのまま使えるコピーはもらえません。他方、公正証書遺言の場合は、もらえます。ただ、このメリットは遺言を作る人のメリットというよりも、遺言によって財産を相続する相続人などにとってのメリットになります。
これら4つのメリットのうち、1.と3.は高齢者、病気や障害がある人にとって意味のあるものです。したがって、万人向けのメリットは2.と4.のみということになります。
作成費用の比較
自筆証書遺言+法務局への保管の場合
自筆証書遺言の作成には、次の3つが必要になります。
- A4サイズの紙
- ペン
- 印鑑
法務局への保管費用は、次の2つのみです。
- 保管料3900円
- 最寄りの法務局への往復交通費
公正証書遺言の作成費用
公正証書遺言の作成手数料は、遺産の総額によって、5000円以上です。例えば、遺産が3000万円から5000万円以下だと2万9000円です。
公正証書遺言には、2人の証人の立ち会いが必要になります。この証人は遺言を作る人の家族はなれません。そのため、2人の証人を遺言を作る人が用意できない場合、公証人の方で用意してもらうことになります。その場合、証人1人あたり5000円以上が別途かかります。
結論
以上のように、自筆証書遺言のデメリットが減り、手軽に作成し、保管できるようになりました。他方、公正証書遺言は高齢者にとっては、自筆証書遺言にはない固有のメリットがあります。これらを踏まえて、障害者の親御さんが、遺言を作る際には、どちらを選べばいいかと聞かれたら、私の意見は、次のとおりです。
- 不慮の死という万が一に備えた遺言書で、将来的に書き直す可能性がある場合は自筆証書遺言
- 障害者の親が高齢であるなど遺言書を書き直す可能性がない場合は公正証書遺言