【弁護士が解説】法人後見とは? 知的障害のある子の親向けに制度の仕組みと現状を紹介
はじめに
「うちの子が万が一のことがあった後、誰が面倒を見てくれるのだろう…」
愛する我が子の将来をサポートする公的な制度である成年後見制度について考えたことがありますか? 特に、お子さんが知的障害をお持ちの場合、長い期間にわたるサポートが必要となるため、誰が、そしてどのようにサポートを継続していくのかは重要な問題です。
成年後見制度には、個人を成年後見人とする方法だけでなく、法人を成年後見人とする「法人後見」という選択肢があります。法人後見を選ぶことで得られる安心感がある一方で、制度の現状や課題を知っておくことも大切です。
この記事では、個人後見と比較しながら法人後見を選ぶことによる利点と、一方で知っておくべき課題や注意点について分かりやすく解説していきます。我が子の将来を守るための選択肢として、法人後見について一緒に考えていきましょう。
個人後見で起きうる「継続性の問題」とは?
法人後見
成年後見制度は、認知症高齢者、知的障害、精神障害などにより判断能力に問題がある人を保護・支援する制度です。本人の判断能力の有無、程度に応じて、成年後見人、保佐人、補助人など(この記事では「成年後見人など」とまとめて表現します)が家庭裁判所から選任されます。成年後見人などの多くは個人が1人で担います。
もっとも、成年後見人などは個人でなければならないわけではなく、社会福祉法人、NPO法人、株式会社などの「法人」が選任されて、組織団体が成年後見人などになることも少数ですがあります。これを「法人後見」と呼ぶことが多いです。
法人後見がどの程度選任されているかを最高裁判所の最新の統計資料に記載があります。2023年に選任された約4万件のうち、法人が選任されたのは10%にあたる約4000件です(この法人には弁護士法人など士業の法人は含まれていません)1。
継続性の問題
個人が成年後見人などになることのデメリットの一つに、継続性の問題があります。特に、この継続性が問題となるのは、成年後見人などに支援されるご本人が知的障害者の場合です。継続性の問題とは何かについて、これから説明します。
認知症と診断されてからの患者の生命予後は3年から7年であるため2、認知症と診断された後に成年後見人などが選任されて、ご本人が亡くなり終了するまで長くても10年程度です。
それに対して、ダウン症や自閉症などの先天性の知的障害の場合、18歳で成人した時点で成年後見人などを選任することは可能です。その場合、成年後見人などが選任される期間は、30年以上になる可能性もあります。
例えば、現在50歳である私が成年後見人などに選任された場合、高齢、病気、死亡などが理由でご本人が亡くなる前に、私は成年後見人などを辞任することになる可能性が大きいです。成年後見人などの年齢については統計資料がないので不明ですが、20代や30代前半で成年後見人などになる人は少なく、40代・50代が多いと考えられます。
現行制度では、成年後見人などはご本人が亡くなるまで選任されるので、成年後見人などが何らかの理由で辞任した場合、家庭裁判所は新しい成年後見人などを選任することになります。つまり、ご本人が知的障害で若いうちに成年後見人などが選任されると、途中で成年後見人の交代が起こり得るということになります。これが継続性の問題です。
成年後見人などの交代の問題点
成年後見人などが交代することにどのような問題点があるのかを具体例で示します。
私の子どもは重度知的障害なので、成人したら成年後見人などをつけられます。私のプランとしては、私の子どもが特別支援学校を卒業し、日中活動先に慣れてきたころには、親からの自立生活を始めたいと考えています。自立生活のスタートの前後の段階で、子どもに成年後見人をつけてもらうつもりです。
ただし、私は成年後見人にはなるつもりはありません。私は子どもの成年後見人がちゃんとやってくれるかを見守るつもりです。もし問題があればクレームを入れたり、あまりにもひどい場合には、裁判所に成年後見人の解任を申し立てます。
このプランですと、学校卒業後しばらくして成年後見人をつけるとなると、私の子どもよりも年上の成年後見人になるのは必然です。そうなると、いくらよくやってくれる成年後見人であっても、私の子どもが死ぬ前に、病気・引退・死亡などの理由で成年後見人ではなくなり、成年後見人の交代ということになります。
おそらくその時には私と妻は死んでます。また、私の子どもが一人っ子です。なので、新しい成年後見人を見つけてきたり、ちゃんとやってくれるか監視してくれる人はいません。つまり、私たちは新しい成年後見人がいい人であることを草葉の陰から見守ることしかできません。
このように成年後見人などの交代はリスクといえます。成年後見人などのが交代したことで支援の方針が変更されて、困っているということを聞くこともあります。
法人後見の長所 ~チームで支える安心感~
後見業務の継続性の問題に対して、法人後見であれば対応可能です。もちろん、法人の場合は、経営の破綻により解散することもあります。しかし、経営破綻は高齢・病気による引退、死亡という不可避なものではありません。したがって、個人の成年後見人などより法人後見の方が交代というリスクは少ないと考えられます。
法人後見では、法人の構成員や職員が後見事務を担当します。その担当者が何らかの理由でその事務を行えなくなっても、担当者を変更することで、後見事務を継続して行うことができます。もちろん、担当者による当たり外れはあると思いますが、法人自体が信頼できるのであれば、担当者に対する指揮監督が期待できます。
専門職によるチーム支援の例
知的障害者の法人後見を受任している神奈川県横浜市鶴見区にあるNPO法人つなぐの支援のあり方を紹介します3。2022年1月10にの読売新聞オンラインのヨミドクターの記事の一部を紹介します。
つなぐは、障害者の後見人を引き受けるため、2019年4月に設立された。社会福祉士や看護師、弁護士ら計31人で構成し、現在、12人で21人の支援に当たる。
それぞれに実務担当者を置き、毎月1回は本人に会う。定期的に複数のメンバーで検討会を開き、担当者の活動内容や本人の健康状態、暮らしぶりなどの情報を共有し、お金の使い方をチェックする。知的障害者の後見期間は長いため、情報の蓄積などで継続的に支えられるのが利点だ。
つなぐの根岸満恵副理事長は「チームでアイデアを出し合うことで個人の資質以上の支援ができる」と話す。今村さん(重い知的障害者56歳の母82歳)も「複数の人が息子を支えてくれるので、個人の後見人に託すよりも安心だ」と語る。
福祉、医療、法律の専門職がチームとして知的障害者を支援している在り方は素晴らしいです。
法人後見の知っておきたい3つの課題
多様な専門職が所属する法人後見によるチーム支援は、障害者の親としては理想的な形です。ここまでこの記事を読んで、法人後見が魅力的であると感じた人もいるかと思います。しかし、法人後見にはさまざまな課題があります。3つの課題について最後に説明します。
課題1 利用できる地域が限られている?
社会福祉協議会とは?
現在、法人後見の担い手として、市区町村の社会福祉協議会が全体の約37%を占めています4。「社協」という略称でも呼ばられる社会福祉協議会とは、地域福祉の推進を図ることを目的とする民間団体で、社会福祉法という法律に基づいて設置されています5。市区町村の社会福祉協議会は、全国に約1850あります6。
約8割の社協が法人後見を行なっていない
市区町村社協は全国で約1850あるうち、2019年9月末時点で、法人後見を実施しているのは490法人で7、全体の3割未満です。2021年3月末現在、「法人後見を行なっている(法人として後見人等を受任している)」と回答した市区町村社協は380法人で8、全体の約2割です。このように全国にある市区町村の社会福祉協議会のうち、約8割が法人後見を行なっていないことがわかります。
知的障害者の受任割合は19%
2021年3月末時点で法定後見(成年)の受任件数が一件以上あると回答した357法人で、知的障害者を受任している割合は19%です9。このように社協の法人後見は知的障害者にとって狭き門であることがわかります。
すぐには受任してもらえない
社協が法人として受任する事案には要件があると回答した340法人のうち、71%が「他に適切な候補者がいない者」という要件を課しています10。つまり、親やきょうだいが成年後見人などになれる段階では受任してもらえないことが予想されます。
なお、この要件があるため、親との同居が多い知的障害者が、法人として受任してもらえない理由でもあると考えられます。
課題2 専門家の不足という現実
法人後見を行なっていると回答した380法人で、法人後見業務を担う合計人数は2,647人で、内訳は次の表のとおりです11。
職名 | 人数 | 割合 |
---|---|---|
後見事務担当者(一般) | 524 | 19.8% |
後見事務担当者(専門職) | 484 | 18.3% |
法人後見支援員 | 1,639 | 61.9% |
合計 | 2,647 |
後見事務の経験のある専門職(弁護士・司法書士・社会福祉士)は484人で約18%です。つまり、専門職がいる法人は、1法人に1人いるかいないかという程度です。なお、弁護士や司法書士が社協で後見事務を担当している人は少ないと考えられるので、ほとんどが社会福祉士でしょう。
人員の約62%が法人後見支援員です。法人後見支援とは、特定の研修を受講し、社協の職員と共に法人後見業務を行う一般の方です12。
ただし、専門職への相談体制や専門職が役員や外部アドバイザーに関与する体制はあるようです13。とはいえ、社協では福祉、医療、法律の専門職のチーム支援はほとんどできてないのが実情だと思います。
課題3 財政的な課題と報酬の問題
2020年に行なった全国の社協に対する調査によると、法人後見業務に関する財政状況について、次のよう表のような結果でした14。
回答 | 割合 |
---|---|
十分である | 11.5% |
十分ではないが事業継続に支障がない | 32.6% |
事業継続できるが苦しい | 36.2% |
事業継続が困難である | 6.8% |
その他 | 12.9% |
「事業継続できるが苦しい」と「事業継続が困難である」の合計で、43%を占めています。
法人後見業務の経営の苦しさは、後見報酬の低さに起因するものと考えられます。
社協が受任する判断能力に問題がある人の多くは、収入や資産が少ない人と考えられます。なぜなら、収入や資産がそれなりにあれば社協以外の専門職が受任すれば十分で、先ほど触れた「他に適切な候補者がいない者」という受任要件を満たさないからです。
収入や資産が少ない人(具体的には預貯金などの流動資産が1,000万円以下)の成年後見人などの報酬は、一人当たり年24万円となります。仮に10件受任するとしても、年間240万円の報酬しかもらえません。年間240万円では、フルタイムの専従の後見業務担当者を1人雇えるかどうかです。事務所の賃料などの固定費を考えると、10件の受任では法人後見業務は赤字になるでしょう。
多様な専門職によるチーム支援をするとなると、さらに人件費が必要になります。このように、法人後見による報酬だけでは、法人後見における多様な専門職によるチーム支援を実現するのは、容易ではありません。
まとめ
この記事では、知的障害のあるお子さんの将来を支える選択肢として、法人後見について解説しました。法人後見は、個人後見と比較して、継続的な支援体制という点で大きな安心感をもたらす可能性があります。
しかし、同時に、法人後見の利用はまだ全国的に進んでおらず、費用や専門性の面で課題も残されている現状も理解しておく必要があります。
重要なのは、お子さんにとって最適なサポート体制を、ご家族だけで抱え込まず、専門家とも相談しながら、時間をかけて検討していくことです。
この記事が、少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。
- 成年後見関係事件の概況―令和5年1月~12月― 10ページ、11ページ ↩︎
- 認知症の生命予後と終末期,どう判断する?(関口健二) ↩︎
- 知的障害者や認知症高齢者の財産と暮らしを守る…社協やNPOの「法人後見」とは? | ヨミドクター(読売新聞) ↩︎
- 成年後見関係事件の概況―令和5年1月~12月― 11ページ ↩︎
- 社会福祉法109条 ↩︎
- 全社協Action Report第198号2ページ ↩︎
- 「成年後見制度利用促進現状調査等一式」報告書103ページ ↩︎
- 同上 ↩︎
- 同上106ページ ↩︎
- 同上105ページ ↩︎
- 同上104ページ ↩︎
- 小山市社会福祉協議会 法人後見 のしくみ、大分市社会福祉協議会「法人後見支援員募集要項」 ↩︎
- 「成年後見制度利用促進現状調査等一式」報告書105ページ ↩︎
- 関根・鵜沼「社会福祉協議会における法人後見の現状と課題」(厚生の指標第69巻第13号40ページ) ↩︎