防犯カメラがあっても虐待は起きる。その構造的な原因とは?

長崎の障害者支援施設で起きた事件の概要
先日、長崎市の障害者支援施設で起きた暴行事件の報道がありました1。まずは、事件の概要を客観的な事実として振り返ります。
長崎市の障害者支援施設の元職員の男性(49)が起こした暴行事件の初公判が9月5日に開かれました。被告人は2025年3月、意思疎通が困難な20~30代の利用者3人に対し、殴ったり、髪を掴んで引き倒したりするなどの暴行を加えました。その様子は施設の防犯カメラに記録されていました。
犯行動機や経緯について、被告人は「利用者が言うことを聞いてくれずにらいらした」と述べました。一方、検察側は、被告人が2022年頃に利用者の後頭部をたたいた際の反応を「面白い」と感じ、暴行が常習化したと指摘しています。
裁判で検察側は懲役8月を求刑し、弁護側は被告人が捜査に協力的だったことなどを理由に執行猶-予付きの判決を求めました。公判は即日結審し、判決は2025年10月1日に言い渡される予定です。
なぜ犯行はカメラの前で起きたのか?
ここからは、この事件について私が感じたことをコメントとして述べさせていただきます。
私が特に注目したのは、「犯行の様子が施設の防犯カメラに記録されていた」という点です。
通常の犯罪心理と今回の事件の決定的な違い
通常、自分の行為が犯罪や虐待、不法行為、あるいは道徳的に「悪いことだ」と認識していれば、人はその証拠が残ることを避けようとします。防犯カメラがあれば、その死角を狙ったり、カメラがない場所を選んだりするのが自然な心理でしょう。
しかし、今回の事件では、被告人はカメラの前で暴行を加えています。報道内容から断定はできませんが、もし3人の利用者への暴行が記録されていたとすれば、これは単なる「たまたま映ってしまった」とは考えにくいでしょう。なぜ、被告人はカメラの存在を意に介さず、犯行に及んだのでしょうか。
構造的な原因:加害者に「虐待の認識」がなかった可能性
「悪いこと」という認識がなければ、カメラをためらう理由はない
考えられる可能性は複数ありますが、あくまで私の推測として述べたいのは、被告人自身に、自分の行為が犯罪であり、虐待であり、「悪いこと」だという認識そのものがなかったのではないか、という点です。そうなると、防犯カメラの前でためらう理由はなくなります。
発生メカニズムが違えば、有効な再発防止策も変わる
もし、私の推測のように被告人に虐待の認識がなかったのだとすれば、それは意図的に虐待を行うケースとは、発生のメカニズムが根本的に異なります。そして、その原因が違えば、有効な予防策や再発防止策も自ずと変わってくるはずです。
事件の本質を見抜き、本当に有効な対策を考える
今回の事件は、単に「犯人を罰して終わり」という問題ではありません。加害者に虐待の認識がなかった場合、従来の監視や罰則強化だけでは再発を防げない可能性があるからです。事件の背景にある構造的な原因を深く理解し、それに応じた本質的な対策を講じることが何よりも重要です。
- 1 障害者支援施設で3人殴る 懲役8月を求刑 元職員に長崎地裁公判(長崎新聞)|dメニューニュース ↩︎
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